『CHEER DOWN』はジョージの曲名からです。エリック・クラプトンが音楽担当した映画『リーサルウェポン』シリーズ。そのシリーズの『リーサル・ウェポン2 炎の約束』のエンディング曲でもありました。91年のクラブトンとの来日コンサートでも元気に歌っていたのが今でも忘れられません。実は『CHEER DOWN』という英語は存在しません。ジョージの造語なんです。『がんばって!』と掛け声を掛ける時に『CHEER UP !』と言いますが、ジョージは『無理をしなくていいよ』という意味でこの言葉を作りました。

マスターの独り言

ここは小さなバー、CHEER DOWN。マスターの日記です。

6.「くるったロボット」

くるったロボット

「くるったロボット」

アシモフ作 / 小尾芙佐 訳・和田 誠 絵


同出版社では挿絵とタイトルを替えて版を重ねています。

イラストは山田 卓司さん。

うそつきロボット (冒険ファンタジー名作選(第1期))うそつきロボット (冒険ファンタジー名作選(第1期))
(2003/10/15)
アイザック アシモフ

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「あらすじ」


こもりロボットのロビイと仲良しのグローリア。

ロビイはグローリアの話してくれる「シンデレラ」が大好きなロボット。

近所のこどもと遊ぶよりロビイとばかり遊んでいました。

両親はそんなグローリアを心配して、ロビイをテキサスにある「USロボット会社」に返してしまい、代わりに犬を飼います。

が、グローリアはその日から元気がなくなってしまいます。

「ロビイは機械じゃない、おともだちよ。ロビイ、ロビイ!」

ふさぎこむグローリアを気分転換にニューヨーク旅行に連れて行きますが、ホテルでひきこもってしまう。

ロボットがただの組み立てられた機械であることを見せようと「USロボット会社」の工場へグローリアを連れて行く。

工場でロボットを組み立てるために働くロボットたち。

「ロビイ!」

と、その働くロボットたちの中にロビイを見つけたグローリアは走り出す。

へやの向こうから、大きなトラクターが勢いよく走ってきていた。

「トラクターをとめろ!」

という支配人が叫ぶが間に合わない。

はたしてグローリアは・・・・・


原作の9台のロボットのお話から抜粋した4編。

「こもりロボット・ロビイ」、「水星ロボット・スピーディー」、「うそつきロボット・ハービィ」、「電子頭脳マシンX(エックス)」として収録されています。

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アイザック・アシモフ

(Isaac Asimov, 1920年1月2日 - 1992年4月6日)

アシモフはロシアのペトロビッチにおいてユダヤ系ロシア人イサアーク・オジモフとして生まれ、3歳の時に家族とともにアメリカに移住し、ニューヨーク・ブルックリンで育ちました。

家庭は裕福ではなかったが学業成績は優秀で、公立校や高校を飛び級で卒業して1935年に15歳でコロンビア大学へ入学しました。

1939年、SF雑誌『アメージング・ストーリー』に「真空漂流」が掲載され作家としてデビューしました。

同年にアシモフはコロンビア大学を卒業し、同大大学院で化学を専攻した。

この頃すでに『われはロボット』所収のロボット工学三原則物やファウンデーションシリーズの諸作品、出世作『夜来たる』などの代表作を世に出している。

大学院在学中に第二次世界大戦の勃発によって1942年から休学し、フィラデルフィアの海軍工廠に勤務した。1942年にはガートルードという女性と結婚している。終戦直後に徴兵され、化学の学位を持っていることを理由にビキニ環礁での核実験に技術兵として加わえられ、ハワイまで行ったが結局参加せずに9ヶ月で除隊した[7]。

1946年に大学院に復学し、1948年には博士号を取得した。

コロンビア大学で1年間ポスドクを勤めた後に1949年からボストン大学医学部の生化学の講師となった。

SFの執筆は継続していたが、パルプ・マガジンであるSF雑誌の掲載料は高くなかった。

しかし1950年にダブルデイ社から初めての単行本『宇宙の小石』が出版され、さらに『われはロボット』やファウンデーションシリーズなど過去に雑誌で発表した作品が書籍化され、印税の形式で収入を得られるようになった。

1954年にはSFミステリの傑作『鋼鉄都市』によりSF界の巨匠の地位を不動の物とする。

また化学のノンフィクションの作品を出版するようになった。

1951年には助教授、1955年に准教授となり終身の在職権を得たが、学外での執筆活動について上司や一部の教授たちから不興を買い度々トラブルが発生していた。

既に著作から十分な収入を得ていた事もあり、1958年に肩書きのみを保持することで合意し、教壇を降りた。

その後は専業の作家・講演者となり、化学以外のノンフィクションの分野へも活動を広げていった。

アシモフは次第に科学の解説者として知られるようになり、科学を概観した『知識人のための科学入門』が1961年の全米図書賞ノンフィクション部門にノミネートされ、1964年にはアメリカ化学会の著述に対する表彰、ジェイムズ・T・グラディー賞を受賞した。

1962年にメンサの会員になったが数年後に退会した。

1972年に再び会員になり、1974年にはメンサの講演のためにイギリスへ旅行している。

1951年に息子、1955年に娘が生まれていたが1970年から別居し、ボストンから再びニューヨークへ移り住んだ。

1973年にガートルード夫人と正式に離婚し、同年に心理分析医のジャネット・ジェプスン(後にSF作家)と再婚した。

アシモフとジャネットはNorbyシリーズなどの共著を残している。

1970年にはエラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジンにて純粋なミステリの黒後家蜘蛛の会シリーズの連載を開始した。

SFでは1972年に久々の長編である『神々自身』を出版し、ヒューゴー賞 長編小説部門とネビュラ賞 長篇小説部門を受賞した。

1982年には、ファンや編集者の要望に抗しきれず執筆したファウンデーションシリーズの30年ぶりの新作『ファウンデーションの彼方へ』がベストセラーとなり、以後再び精力的にSF長編を執筆、同シリーズとロボットシリーズの統合を成し遂げている。

アシモフは1992年4月6日に没した。

死因は後天性免疫不全症候群(エイズ)によるもので、1983年に受けた心臓バイパス手術の際に使用された輸血血液がHIVウイルスに汚染されていた事が原因である。

アシモフの死因は、彼の死から10年の後に出版されたジャネット夫人の自伝 It's Been a Good Life(我が良き生涯)で明らかにされた。

アシモフは生涯で500冊以上の著書を執筆した。

・・・・・・・・・・・・・・・

今回の「くるったロボット」は原作『われはロボット』(I, Robot )といいます。

収録作品は、

ロビイ Robbie
堂々めぐり Runaround
われ思う、ゆえに… Reason
野うさぎを追って Catch that Rabbit
うそつき Liar!
迷子のロボット Little Lost Robot
逃避 Escape!
証拠 Evidence
災厄のとき The Evitable Conflict

USロボット社の主任ロボ心理学者スーザン・カルヴィンの回顧録という形になっており、彼女かもしくは同社の新型ロボット実地テスト担当員のドノバン&パウエルのコンビが各エピソードの主役を務めています。


ロボット工学三原則

ロボット三原則(ロボットさんげんそく)とも言われる。

第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


この三原則を私がはじめて知ったのは「鉄腕アトム」のコミックスの中でした。

手塚治虫氏にも影響を与えているのだなぁと当時は軽く考えてきました。

ソニーのロボット犬「アイボ」というのがありました。

あのアイボにも、これは応用されていたとか・・・・

これから科学がもっと発達すれば、この三原則を耳にする機会は増えてくると思います。


「アイ・ロボット」は2004年、ウィル・スミス主演で映画化されました。




他にもロボットシリーズで映像化されたねのに、『バイセンテニアル・マン The Bicentennial Man 』(1976年)などがあり、1999年に『アンドリューNDR114』というタイトルでロビン・ウィリアムス主演がありました。



・・・・・・・・・・・・・・

小尾芙佐(おびふさ)

1932年東京に生まれる。

津田塾大英文科卒。

主に英米のミステリー、SFの翻訳に従事。

日本SF作家クラブ会員。

・・・・・・・・・・・・・

和田 誠(わだ まこと)

1936年4月10日 -

父がJOBK(現在のNHK大阪放送局)に勤務していたため大阪市に生まれる。

父の失職の後、1945年3月に一家で大阪を引き上げて東京都世田谷区代田に転居。

しかし誠のみ千葉県に疎開し、ここで敗戦を迎える。

戦後に東京へ戻り、世田谷区立代沢小学校3年次に転入。

東京都立千歳高等学校(現東京都立芦花高等学校)、多摩美術大学図案(現デザイン)科卒業。

1959年に広告制作プロダクション、ライトパブリシティに入社。

同社を退社した1968年より、フリーのデザイナー、イラストレーターとして活躍する。

代表作として、たばこ「ハイライト」のパッケージデザインがあまりにも有名。

この他、フジテレビ『ゴールデン洋画劇場』のオープニングタイトルや「週刊文春」の表紙も一般的には広く知られている。星新一著作の挿絵も多数手がける。

星新一・丸谷才一の一連の作品や村上春樹『アフターダーク』など、書籍のブックデザインも多く手がけているが、和田は普通カバー裏に直接印刷されているバーコードを嫌っているため、彼の作品にはISBNの数字のみが記載される。

その際バーコードは帯につけられていることが多い。

本業のデザインのほかにも、作詞・作曲から、パロディ小説執筆、翻訳まで幅広い分野で活動。

特に映画ファンとして有名で、「お楽しみはこれからだ」をはじめとするエッセイ集がある。

一方で小泉今日子主演で知られる『怪盗ルビィ』などの映画監督を手掛けたりと、監督としての評価も高い。

また、1960年に久里洋二・柳原良平・真鍋博が「アニメーション三人の会」を結成して草月ホールで定期的に上映会を行っていた際には、和田も横尾忠則や手塚治虫らとともに参加し、個人で制作したアニメーションを上映した。

父は築地小劇場の創立者の一人で、のち、ラジオドラマを多数演出し「ラジオの神様」と呼ばれた和田精。

夫人は料理愛好家・シャンソン歌手の平野レミ。

ロックバンドTRICERATOPSの和田唱は息子。

伯父は、「日劇」のレビューの演出家だった、山本紫朗。

彼に取材した内容をまとめた本に、『ビギン・ザ・ビギン』がある。

また、1992年に、この本に書かれたような日本にレビューの黄金時代を『日劇物語』として映画化する話があり、脚本を執筆してクランク・イン寸前までいったが、資金不足で撮影中止となった。

・・・・・・・・

今回の「くるったロボット」。

アシモフの作品であり、非常にエスプリの利いたお話です。

深く考えると、我々が向かっている未来に恐怖さえ感じてしまいます。

読後に「ウーン」と唸るしかない名作でした。

くるったロボット (SFこども図書館 (6))くるったロボット (SFこども図書館 (6))
(2001/01)
アシモフ小尾 芙佐

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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント


小さいころ、このシリーズは読んでおりました
表紙の絵を思い出せて
とても懐かしい気持ちになりました
ありがとうございます
【2017/03/13 16:27】 URL | #- [ 編集 ] top


お役に立ててよかったです・・
【2017/05/25 12:50】 URL | マスター #- [ 編集 ] top


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