1930年頃、アメリカのシカゴにロバート・メイという人がいました。
ロバートはシカゴにある通信販売会社で宣伝原稿を書く仕事をしていました。
ちょうど株価が大暴落をし、ロバートの暮らしは貧しく、安い給料で毎日遅くまで働かなければなりませんでした。
そんな彼でしたが、2つの宝物がありました。それは、若い妻のエヴリンと生まれたばかりの娘、バーバラでした。
そんな貧しい中にも幸せを感じる日々を送っていたある日、バーバラが2歳になった時のことです。
愛する妻のエヴリンが寝込むようになりました。
とても悲しいことに、エヴリンは癌に冒されていました。
ロバートは妻の治療費を得るために八方手を尽くしました。
しかし、得られた金額は僅かなもので、少しあった蓄えも妻の治療費で消えていきました。
ロバートの想いも空しく、エヴリンの容体は日増しに悪くなり、とうとうベットから起きることも出来なくなりました。
そんなある12月の夜のことです。
4歳になっていた娘のバーバラが、ふとロバートに尋ねました。
「ねえ、パパ。私のママは、どうしてみんなのママと同じじゃないの?」
バーバラは子供らしい無邪気な好奇心で、寝たきりの母親のことを尋ねたのでした。
毎日の暮らしも、もうギリギリの状態であり、何と娘に答えてよいか分からないまま、ロバートは思わずバーバラを抱きしめました。
せめて、この子を幸福な気持ちにしてやらなければ・・・。
ロバートは娘の小さな体を抱きしめたまま考えました。
そして思いだしたのは、自分が幼かった頃のことです。
ロバートは、身体が弱く小柄な少年でした。小さな子供の時というのは、残酷なことを無邪気にしてみることがあります。
彼のクラスメイトは、彼が痩せているのをはやしたて、彼を泣かせて喜んでいました。
そのクラスメイトたちは、ほとんどが大学へ進みましたが、貧しかった彼は進学することが出来ませんでした。
今、彼は安い給料で毎日精一杯働き、それでも借金にまみれて、もう33歳になっていたのです。
それから、娘に向かってゆっくりと話しはじめたのでした・・・
「いいかい、むかしむかしのことだよ。
ルドルフ、っていう名前のトナカイがいたんだ。
「赤鼻のトナカイルドルフ」の誕生です。
父の話を聞き終えて、バーバラは輝くような笑みを浮かべました。
けれど、それからが大変でした。小さなバーバラは、毎晩ロバートにそのお話をねだり始めたのです。
ロバートは娘を寝かしつけながら、ほとんど毎晩のようにそのお話をしていました。
やがて、ロバートに素晴らしい考えが浮かびました。
お話を本にして、クリスマスに娘にプレゼントしてやろう、というものです。
貧しい暮らしでは満足なプレゼントは買ってあげられません。
だけど、手製の本なら紙とペンがあればどんな本だって作れます。
ロバートは毎晩、娘が眠ってから、遅くまで「ルドルフ」のお話を詩にし、綺麗な本に仕上げる作業に没頭しました。
ルドルフの本も、もう最後の仕上げの段階だという時、悲劇がロバートを襲いました。妻のエヴリンが亡くなったのです。
悲しみにつつまれながらも、ロバートは毎晩、がらんとしたアパートの机に向かい、バーバラのための「ルドルフ」を作り続けました。
そしてバーバラが、ロバート手作りの「ルドルフ」を見て歓声を上げた数日後、ロバートは会社のクリスマスパーティーに呼ばれました。
ロバートは気が進みませんでしたが仕方なくパーティーに出席した彼は、余興として自分の書いた詩を持って行き、それをみんなに読んで聞かせました。
はじめはガヤガヤしていた仲間たちは、その詩を大笑いしたりしながら聞いていましたが、次第に話し声が聞こえなくなってきました。
・・・会場は静まり返り、詩を読むボブの声だけが響きました。
そして、詩が終わると同時に、いっせいに拍手が湧き起こったのでした。
この物語は1938年に起こった実話です。
こうして「赤鼻のトナカイ ルドルフ」は、誕生しました。